清水建設に憧れたヤクザ志望の少年の思い出(PS-Home実話)

清水建設の従業員銃撃容疑、工藤会系組幹部らを逮捕へ

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清水建設とヤクザ者と聞いて、思い出した。
かつてPS-HomeというSCEIPS3のオンライン機能で運営していた
セカンドライフスタイルのSNSで知り合ったユーザー(男子)の悲劇。
彼は、沖縄出身の中卒で鉄筋工だった。
幼くして父母が離婚し、母子家庭に育った。
後に母が再婚したが、継父との折り合いが悪く
何度も家出をしたそうである。
私は、恵まれぬリアルの生い立ちを聞いたり、時には励ましたり
かつては自分も継父であった経験から
いかにして良好な関係を築くか、アドアヴァイスもしたが
彼の会話ぶりからは、愛情に乏しい境涯から
寂しく、心が飢えていたことが見て取れた。
           ◇
父親代わりのような立場で、彼の徒然の話を黙って聞いてきた私だが
一度だけ、烈火の如くに彼を叱りつけたことがあった。
彼の将来の希望・展望・夢について、尋ねた時のことである。
彼の返答は

山口組に入りたい」

一瞬、耳を疑ったが、チャットテキストには確かにそう書いてある。
瞬時に血の気が引いて、彼を詰問した。

「何だと??!!いま、何と言った??!」
山口組に入りたいんです」
「お前は、自分の言っていることが分かっているのか??!!
 理由はなんだ!!」
「ボクは清水建設の現場に入りたいんです。
 でも、簡単には入れてもらえないから
 山口組に入ってナントカしてもらおうと…」

条件反射的にどやしつけた。

「大馬鹿者っ!!!
 清水に限らず鹿島、大成、大林などのゼネコンは
 世界を股に掛ける一流の大手企業。
 これらゼネコンは、公共工事においても不動の実績を積み上げてきた
 日本を代表する、権威あるマンモス企業だ。
 特に公共工事となると、発注者は公権力を持った行政官庁であり
 工事費は税金だから、不明朗な取り引きは許されない。
 それだけに、受注企業に対する審査も工事現場に対する管理監督も
 とりわけ厳格を極める。山口もへったくれもない。
 やくざ者のお前なんぞを、そもそも使ってもらえるわけがあるまいが!」

彼は黙っている。

 「お前が鉄筋工としてやっていくなら
  目指すべきは県内企業だ。
  沖縄にも、直轄事業を行う政府機関はあり
  県庁や市町村もある。いずれも独自に公共工事を発注している。
  それらを優先的に受注する優良な地場建設業者が、地元にもあるだろう。
  それを目標とすべきではないか。
  お前は学歴はないが、近年の建設業は過剰に人手不足だから
  お前にも十分に見込みはある。
  邪なことを考えず、自信を持って正攻法で臨め」

彼はなおも黙っている。
私は言葉を続けた。

 「もしも義父の元にいるのが嫌で、沖縄を離れたいならば東北へ行け。
  そこは震災復興のために、さらに深刻な人手不足だから
  お前のような若い技術者を、喉から手が出るほど必要としている。
  卑劣な手段で、嫌がられる現場に強引に入るよりも
  地域から求められて、歓迎される現場の方が、遙かに有意義だろう」

彼は何も言わずに立ち去った。
それ以降、Homeでその姿(アバター)を見ることはなかった。
           ◇
その一件を忘れかけた頃に、フレンド(マイミク)仲間から
驚愕の情報がもたらされた。
彼は神戸のヤクサ者の自宅に、見知らぬ女性とともに監禁され
クスリ漬けにされながらDVを受けているのだという。
そのやくざ者もPS-Homeユーザーだが、正体はヤクの売人らしく
Homeを薬物売買の連絡ツールとして、悪用していたようである。
そのためか監禁されている間も、Homeのプレイだけは許されていたため
彼と偶然に会話したフレンドが、事態を直接本人から知らされたらしい。
事の経緯は、彼は山口組へのツテを求め、Homeを彷徨いていてその売人と出会った。
そしてその売人の甘言に乗せられ、こっそり家を出て、神戸へ同行したとのこと。
しかし、売人の真の目論見は、別の所にあったのである。
仰天したフレンド達は、一斉に運営者に報告するとともに、警察にも通報した。
その結果、家宅捜索により売人は逮捕され、監禁されていた彼らは保護された。
かくして、無事に沖縄への帰宅を果たしたのである。
           ◇
それからしばらくして、彼と再会した。

 「よぅ、○○。もぅ大丈夫か?」
 「オレ、もぅ○○じゃないよ」
 「どうして?」
 「その名前は捨てたんだ」
 「そうか。過去は忘れて新たなスタートだ。
  お前なら、まだまだやり直せる」

しかし、彼はそれ以上は何も言葉を発しなかった。
私はその後、大きなミスを犯した。
過去は捨てても、彼には以前に見せていた社会的に未熟な未成年らしい
無邪気なキャラクターだけは、そのままであって欲しかったので
彼と遭遇した時には、いつも迂闊に昔の名前が口をついて出てしまった。
「昔の名前で出て」いない彼には、疎ましかったのだろう。
思い出したくない過去を、嫌でも思い出す悪夢の瞬間だったはずである。
その度に「あ、しまった」と後悔したが、後の祭りである。
彼は段々と距離を置いて、離れるようになっていった。
私は決心した。もぅ、これ以上は追うまい。
二度と過ちは起こさないだろうし、そっとしておこう。
そうして、フレンド登録を解除した。
かくして、二度と彼の居場所も動勢も知ることはできなくなった。